1993年ののづ君は聞いていた

投稿者: | 2月 7, 2020

最近Youtubeで織田哲郎のチャンネルを見るのが楽しいです。

世代的なものもあるかと思いますが、いわゆる職業としての作曲家として一番好きなの織田哲郎だったりします。
あいみょんのマリーゴールドとか、織田哲郎っぽいなあと思ったりしますし、シンプルなアレンジやある意味で「誰が歌ってもそもそも良い曲」という楽曲があれだけヒットしたのは嬉しく思った2019年です。
それはさておき、その織田哲郎の動画でまだ大黒摩季の曲歌わないなあと思ったので、久しぶりに大黒摩季の「DA・DA・DA」というアルバムを聞いていました。
これが1993年リリース。織田哲郎が提供したのは、実は「チョット」という1曲だけなんですが、それも含めて当時中学生だったのづ君は愛聴していました。もともと、そして今でも、実はあんまり歌詞はどうでもいい、というか「歌詞が良ければラッキー」という聞き方をしているのと、このアルバムで大黒摩季が歌っている歌詞について、中学生だったのづ君にはあまり深く理解はできませんでしたが、なんせ色んな曲が入っていたので飽きずによく聴いていました。

「傷つけてほしかった もぅ二度と愛せないように」
無理だ。中学生だったのづ君には全く理解できない!

…そして、久しぶりにこのアルバムを聞きながら僕は考えました。
当時、他になに聴いてたっけな…?と。
その頃買ったのではないかというアルバムを検索してみました。

マジかーッ!!
深夜のメタル専門ラジオ(FM)で聴いて衝撃を受けた記憶はあるけど、まさか大黒摩季を聴いていた時期にCARCASS「HERATWORK」を買っていたとは。。
初めて買った邦楽が(当時の)X、洋楽がGUNS N’ ROSESなのでハードロック・ヘヴィメタルにはすでに目覚めていたとはいえ、自分でも少し驚き。

他になにがあったかな…確か…

やはり!!
22時ぐらいから毎日聞いていたAMラジオで「裸のままで」を聴いて衝撃を受けたのづ君はしっかり「Crispy!」を買っていたのでした。以来、四半世紀ほどスピッツファンをやらせてもろてます!

あ、確かあれも…

当時ののづ君にはNirvanaはピンときませんでした。頑張って何回も聴いてみたけど、あまりピンときませんでした。しかし、時系列はあべこべですが、こういうサウンドに触れたことが、後にRadioheadのCreepやアルバム「The Bends」に出会ったときに完全に脳天を撃ち抜かれる遠因になった気もします。(初めて聴いたときにピンとこなくても後にってアルバムは結構ありますけどね。僕はLed ZeppelinとかPink Floydとか最初はよく分からんかったですし。今では最強レベルに好きですが)

ていうか、これは間違いだろう…

https://youtu.be/MBwoXcf5WTY
ZARDです。 埋め込みができないのでリンクです。揺れる想い。
まあ当然ですね。この前後時期のZARDのシングル曲は売れて然るべきだって感じです。これが90年だ初期J-POPというか。Being帝国。

そういえば…

Policeのベストアルバムしか聴いてない当時ののづ君ですが、もちろんPoliceに魅了されていたので、ちょうどリリースされたStingのアルバムを背伸びして買ってみました。この音楽を理解できれば大人ぶることができる、当時の彼はそう思っていました。

色々思い出してきたぞ…

それぞれの楽曲のクオリティはともかく、長いアルバムって印象です。Cryin’とCrazyを同じアルバムに入れる意味が今でもよくわかっていません。あと、アルバムとしては「PUMP」の方が好きです。

チョット待てよ、ということはまさか…

説明不要ッ!!長いッ!1曲なのに長すぎるッ!
中学生だったのづ君には長すぎました。人生で一番聞いたアルバムが「BLUE BLOOD」かもしれない僕でも、長すぎるという印象が今でも消えません。 なげえ!!

いやあ、それなりに色々聴いてますね。
なんかカッコいいんじゃないかと思ったアルバムを頑張って聴いてみてる的な感じもあります。
「おい少年!カッコいい音楽に貪欲なその姿勢!死んでもやめんじゃねえぞ!」
とオードリーのオールナイトニッポンのアレみたいな言葉をかけてあげたい健気さですし、自分で言うのもアレですが、今でも変わってない自信はあります。

というまだ中学生だったのづ君のお話でした。さらばじゃ。

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